老舗の矜持に触れる

―― 歴史と時間が醸す「カクキュー」の八丁味噌

皆様、こんにちは。エン・トランス社で添乗員をしております、佐倉瑞穂です。

仕事を通じて日本各地の風景に触れる毎日ですが、私がいま一番大切にしているのが、趣味でもある「発酵食品」と向き合う時間です。キッチンで味噌や麹の様子を眺め、その変化を慈しむひとときは、心と体を整えてくれる、私にとってかけがえのない養生の時間。

そんな私が、その揺るぎない姿勢に心から敬意を抱いている場所があります。愛知県岡崎市にある八丁味噌の老舗中の老舗、「カクキュー」さんです。

八丁味噌の味噌汁
カクキュー外観

徳川家康公、そして豊臣家。歴史が認めた「王道の味」

カクキューさんの門前に立つと、そこには江戸時代から時が止まったかのような重厚な空気が漂っています。その歴史は、今川義元の家臣であった先祖が、合戦ののちに岡崎の地で味噌造りを始めた江戸初期にまで遡ります。

岡崎城から西へ八丁(約870メートル)の地で、連綿と守り抜かれてきた伝統。現在放送中の大河ドラマ『豊臣兄弟!』でも、戦乱から泰平の世へと移り変わる激動の時代が描かれていますが、このお味噌もまた、まさにその時代から日本人の活力を支えてきました。

宮内庁御用達を拝命した歴史もあり、まさに日本を代表する「味噌の正統」と呼ぶにふさわしい老舗。幾多の時代を超えて愛され続ける理由は、一口含めば誰の目にも明らかです。

カクキューの職人
宮内庁御用達の看板

三トンの石、二夏二冬。効率を拒む「職人の執念」

蔵の中に足を踏み入れると、ひんやりとした静寂の中に、鼻をくすぐる芳醇な香りが満ちていました。そこで目を引くのは、巨大な木桶の上に、職人の手で整然と積み上げられた約三トンもの重石です。

地震でも崩れないというこの精密な石積みは、まさに職人技の結晶。この重石の下で、味噌は「二夏二冬」――つまり、足掛け三年という気の遠くなるような時間をかけてじっくりと熟成されます。

現代の多くのお味噌が、数ヶ月で人工的に発酵・出荷されるなか、カクキューさんはあくまで天然の力、季節の巡りに身を任せます。一切の添加物を許さず、大豆と塩、そして蔵に住み着いた菌の力だけで醸される。この徹底した「待ち」の姿勢こそが、数百年もの間、食通たちを唸らせてきた深いコクの正体なのです。

熟成中の味噌
石積みの様子

二夏二冬、重石の下で醸される職人の味はコチラ>>

驚くほど重厚で、体に染み入る「命の塊」

私は趣味で発酵料理を長年楽しんでいますが、この八丁味噌を口にした瞬間の感動は、何度経験しても特別なものです。

それは、単なる調味料の枠を超えた、大地のエネルギーそのもの。大豆の旨味が極限まで凝縮された重厚なコクと、後から追いかけてくる凛とした渋み。その複雑な味わいの重なりは、自然と時間が生み出した奇跡といえるでしょう。

健康を何より意識したい私たち世代にとって、このお味噌は最高のパートナーです。長期熟成によって分解された大豆の栄養は、体に負担をかけず、植物性タンパク質や必須アミノ酸を効率よく取り入れることができます。余計な混ぜ物のない「本物」だからこそ、一口いただくごとに、細胞が喜ぶような活力が湧いてくるのを感じます。

原料の大豆
八丁味噌と赤出し

一さじの味噌が運んでくる、心豊かな暮らし

この滋味あふれる深いコクを、ぜひ皆様の食卓でも味わっていただきたい。そう願って、私が旅から戻ったあと、日常的に楽しんでいる簡単な一皿をご紹介します。

例えば、朝の光が差し込むひとときに「八丁味噌とはちみつのチーズトースト」はいかがでしょうか。 軽く焼き色がつくまで焼いた食パンに、八丁味噌とはちみつを練り合わせたものを薄く広げ、その上にたっぷりとチーズをのせて再びトースターへ。味噌の香ばしさがキッチンに広がり、はちみつの柔らかな甘み、チーズの塩気が熱で溶け合うと、まるで老舗の和菓子を思わせる高貴な香りが鼻に抜けます。丁寧に淹れたコーヒーとの相性も驚くほど良く、一口ごとに体が内側からじんわりと目覚めていくようです。

また、煮込み料理の仕上げにひとさじ落とすだけでも、素材の旨みが引き立ち、まるで数日寝かせたような奥深い表情に変わります。

流行に流されず、何代にもわたって「変わらないこと」を選び続けてきた老舗の覚悟。歴史の面影が色濃く残る岡崎の風景に思いを馳せながら、そんな「本物」の力を日々の暮らしに取り入れる。心も体も満たされる穏やかな時間を、皆様もぜひ日々の彩りの中で感じてみてください。

八丁味噌とはちみつチーズトースト
煮込み料理